更新日 : 2000/08/30
明治の開化期に先立つこと10年、川本幸民という一人の化学の先覚者が、
少なくともビール醸造について確実な知識を持っていたこと、及び試醸もした
であろうと思われることは、依然述べたとおりであるが、単に試醸にとどまらず、
進んでビールを商業的に製造して、販売までするということになると、幕末の
開港以後に横浜の居留地に住み着いた外人の登場を俟たねばならなかった。
従来、日本のビールの歴史に着いたふれた諸資料は、戦前の昭和11年
(1936)に刊行された『大日本麦酒株式会社30年史』や『麒麟麦酒株式会社
50年史』(昭和32年刊)『麒麟麦酒の歴史ー戦後編」(昭和44年刊)などの企業
内編集のビール会社社史を含めて、おしなべて、アメリカ人の醸造技師ウィリアム・
コープランド(William Copeland 1832−1902)を、日本における最初の本格的な
ビール醸造者とすることで一致している。
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